文章を書くにあたってその1
あまり良い傾向ではないと納得しつつ思うのは、私は形から入る人なんだな、ということ。
小説投稿用ブログなんていうものを作っておいてまだ何も書いていないのはそのせいでもある。
文章についても、私にとっては形—一種の環境作りのようなもの—が必要なんだな、と思う。
音楽がかかっていると文章なんてとてもじゃないけれど書けない。もちろん話し声や騒音全てだめだ。
音がある世界では名状しがたい脳内の回線切断が発生してしまうため、読めないし書けもしなくなってしまう。
わたしはそのような状況に陥ってしまったときにいつもこう思う。
音の王は文章が嫌いなんだ、と。
音の王はひどく臆病だ。音の王は私のなかで文章におびえて蟄居しながらこう命じている。
文章を書くな、私が支配する時間だけは文章を書くな、私が起きているときは文章を書くな。
兵士は忠実にその命令を実行して、私に苦痛を与えることになる。
でもなぜだろう。頭の中だけで文章を思い浮かべながら音の中を詩的にたゆたうことなら簡単にできるのだ。
まるで王が文章を三次元上に発露させることを防ごうと躍起になっているなかで、「思い浮かべる」ことには兵士を配置しわすれているのではないか、と思えるぐらいに簡単に。
これが何故なのか、つい先ほどまで分からなかったけれど今少し考えて理解した。
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